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ザルツブルグのモーツァルト記念像
当初のアイデアはあまり大きくない彫像であり、彫刻家たちも選定されていなかった。しかしその建立に関わる事業利益も含めて、町の内外からの反響があまりにも大きかったので、モーツァルト像に対してあまり積極的でなかったウィーン市とプラタ市は、その建造競争に勝算はなかった。ババリア王・ルドウィーク一世は、アンテルスブルグ大理石の台座と共に相当額の寄付を行なったばかりではなく、王自身のお気に入りの彫刻家・ルードウィッヒ・シュバンターラーにその仕事を依頼した。 1840年代中期にかけてルードウィッヒ・シュバンターラーは彫刻作品をザルツブルグに持参し、6月13日から15日まで“ミュージアム”のクラブルームに展示した。それから間もなく、委員会より町営美術館“キャロリノ アウグステウム”にも展示された。 その彫像からブルンズ像への鋳造は1841年7月28日にミュンヘンのヨハン・パプティスト・スティグルマイエルによって行われた。しかしながら、台座の土台作りの際に考古学的に非常に貴重な砕片が発見された為、モーツァルトー没後50周年を記念して計画されていたザルツブルグに於ける除幕式は延期さぜるおえなかった。不運にもモーツァルトの未亡人コンスタンツ・フォン・ニッセンは、その建立を見ることなしに他界してしまった。除幕式は1842年9月9日に行われ、その祭典と第1回目の音楽フェスティバルがモーツァルトの息子カールとウルフガングが参加して行われた。シュバンターラーの作品の中のモーツァルトは末期の古典的スタイルで着飾り、落ち着きと尊厳を保っていた。穏やかながらゆるぎない信念を持ち「堂々としているが、控えめな態度」それに何か内に秘めた夢を見るような目つき...シュバンターラーはその天才の心の中の強い精神力を表現している。左足を乗せている岩は母国の地を表し、服装も当時のそれを意味している。芸術家としてのモーツァルトの名声は大変なものだったので、手に握られている羽ペンと原稿用紙は、それを確固たる証明としている。頭部は写実的なポートレイトをモデルにしているが、モーツァルトにアポロ神のイメージを合わせたスタイルである。 その偉大な作曲家の作品は、台座の4面にレリーフによって比喩的に描写されている。名誉を表す前面は神聖な音楽を表すオルガンとともに天使の描写によってうめられている。左右の2面は古代ギリシャの竪琴とモーツァルト音楽の戯曲を表したイラストが並んでいる。裏面には天才モーツァルトを表象するワシと竪琴が刻まれている。 |
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